高橋みずほ歌集『野にある』（装幀：間村俊一／写真：林哲夫）

■歌集『野にある』抄

土のほころぶ春かなダンゴ虫指の先に春をまるめて

紫の花の吐息となるようなあわいひかりの粒がゆく

嘴太の鴉銜えるうつくしき骨の傾れにいのちはあった

ふたりしずかの花しろきどこをむいているのだろうか

樹の繁り重なる葉影のせて太き影のふとき揺れかな

闇　轟光線に雨落ちて速さひく線とどめて打音

風にひと滴りんでろん淋しい音かなりんでろんりんでろん

ゆきふってゆきのはなさくののしろくすきとおるまで雪の結晶

風ふくなかに手さしいれてかぜの鼓動を脈にかさねて

しずけさおときえてこのひろがりに人いなくひと風のむこうにひと

　…人の作り出した建築物、器のなかの見えない部分を呼ぶ「野」には、限りのなかにあるはずなのに無限の空間の佇まいがある。そこには、問い続ける時の鎮もりがある。
　…これからもいくつかの禍に私たちは出会うかもしれないが、在る姿、在る佇まいを時のなかで受け止め続けたとき、生まれ出た存在自体が誇りであることに気づくのではないか。人は儚く、脆く悲しく、後悔に傷つきながら生きているけれども、生き抜いて来てその誇りを感じ取ったときに、在る意味がすこしわかるようになるのではないかと思う。この誇りを、持ち続けて生きてゆけばいいのだと思う。

（「野に思う」から）

歌集『野にある』（現代短歌社）